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子どもの頃よくした、じゃんけんで負けた人が友達のランドセルを全部持って次の電柱まで歩くというゲーム。子どもって容赦ないから、負けは負け。どんなに重くても「とりあえず次の電柱まで」と踏ん張った。今はそんな風にがむしゃらに歩くことはなくなったけれど、あの頃のように目の前のことを素直に受け入れて前に進み続けることって大切だと気付いた。そんな私の頭の中で渦巻く様々な思いを今はとりあえず少しづつ形にしていきたい。

怒りと愚痴は究極のエネルギーの無駄遣い。

大人になるまで心の底から怒ったことがなかった私。
だからと言って温厚というわけではないのだけれど、怒る必要がなかったなんて今思うと紆余曲折で地味だった私の人生もなかなかいいものだったみたい。だから30才を過ぎて初めて腹が立った時、ハラワタが煮えくり返るってこういう事だと感じたとき、経験不足から、その気持ちをどう処理していいのかわからなかった。結果たまりにたまって鬱の世界へ導かれていったんだと思う。

だからこそ、怒りの感情ってものすごく無駄なものだと再確認できたのも事実。
だって怒るって本当に体力がいることだもの!!

腹を立てたがためにいいことが起こったってこと、ある?!
怒ったからって何が変わる??

まず怒ったあとの自分の心がスッキリしていない。そして憔悴してる。。。怒りのパワーはしかも間違った方向へ伸びていくことが多い気がする。周りの人を傷つけたり、時に自分を病気にしたり。いいことなんて一つもない。とは言っても、イラッとすることは日常茶飯時。たとえば、

 日々の生活でイラッ!

  • …大抵むっ君が私の思う通りにならない時
    …バスが定刻より30分、40分遅れている時(次の予定に間に合わない)
  • 仕事でイラッ!
    …聞きたくない同僚の悪口を聞かないといけない時
    …いつもさぼってばかりの人が他の人を評価して愚痴や陰口をたたいている時
  • 自分にイラッ!
    …ズボラな自分が嫌になった時

どうなのこれ!イライラの原因って結局自分。私は自分の物差しでしか周りを測ることができない状況の時にイラッとする。まだまだ未熟者だという証拠ですな。気持ちの持ちようで自分の気分なんて変えられるのに、それをしないでイラッとするとは、なんて浅はかなのか。

 

怒ることは時間も体力も無駄にしている。

 

自分で解決できることなのに、どうしてイライラしちゃうのか。
渋滞がひどいと分かっているなら早めに行動を開始するとか、プランBをあらかじめ考えておくとか、何か手はあるはず。楽しいほうがいいに決まっているのに、自分の気持ちが切り替えられなくてイラッとしちゃうなんて、もったいない!自分を大切に。時間も大切に。だってこの先の人生で一番若いのは今のこの瞬間。前にしか進めない時間を気持ちよく幸せに、大切に使うことはとっても大事だし、これがちょっとの気持ちの切り替えてできるのだとしたらやらない手はない。

 今の自分にはもう滅多に起こらないのだけれど、昔、心が穏やかだった頃、「あ!」って突然ひらめいたことが本当になったり、予知夢?をよく見た。例えば、”あ!今夜はバイト先のあの人と御飯を食べに行くんだ!”って感じた日は、学校から帰ってすぐ母に、今夜は友達とご飯を食べに行くから夕飯はいらないと伝えた。そして電話番号交換もしてなかったのに本当に電話がかかってきて出かけた(聞いたら履歴書を内緒で見て電話をかけてきてくれたらしい。って、あかんやろ!笑)。

友達がお腹が痛いと泣き崩れるようしゃがみこんだので医務室に連れていく夢をみた翌日(当時は社会人だったけど夢では高校生)その友達が流産していたと知ったとか。

結構そういうことがあったのだけれど、今考えると私が怒りというものを感じるようになり始めてからそういうことは少なくなった気がする。まぁ、年をとってきて鈍くなってるのかも知れないけれど。

 

怒りをこの体から減らしていけば、またそういうことって起こるのかな。
これはいい機会。ちょっと試してみよう。そして心の浄化をしよう!
うん。一石二鳥!!

ということで、さぁ、子ども達に癒されてこよう~。
いっぱいハグをしてこよう~。 子供のパワーって本当にすごいの。
保育士をして私は心を取り戻した気がする。

ありがとう、子ども達!
ありがとう!